ここ最近、仕事がヒマすぎて、 空き時間にやっているのが、登山計画。
なんとなく、仕事してる風に見えるので、仕事スカスカの現状をやり過ごすにはうってつけ。
だがしかし、ヒマすぎるだろ、マジで😱
とうとう、2022年の全登山計画が、行程はもとより、登山口までのアクセス方法までもが決まってしまったのだwww
登山に夢中になったきっかけ?
と見せかけておいて、実はきっかけではなかった。
登山のイロハを学ぶ目的で、この作品を視聴したのだけど、そもそも、
「よし、登山をしよう」
というきっかけがなければ、触れる事はなかっただろうと思われる作品。
僕の場合、目的が合致していなければ、アニメはそうそう見ない人です。
「手段であって、目的ではない」
ってとこですかね。
あ、ちょっとアニメからは脱線します。相当長い話になるので、ご注意をw
僕とそこそこの期間のかかわりのある方はご存じかと思うのですが、2015年くらいまでは、絵に描いたような「野球バカ」でした。
2011年11月に名古屋から東京へ居を移す前までは、草野球にのめり込み、チームメイトとの衝突も厭わない、とんがった野球求道者でした。それゆえに、相当な人に嫌われていただろうと思います(その当時、全然自覚はなかったけど、今に思えば、そうに違いないでしょう)
そういうとんがった感覚はそのままに、東京に居を移してからは、野球をプレイできない環境に置かれる事となってしまい、「観る野球」へとシフトしていきました。
SNSに特定球団を応援するグループを立ち上げ、最大1800人を集めましたが、僕のとんがった感覚は、賛同者も多く集めましたが、それと同時に、敵も多く作りました。
そうしていくうちに、自分の至らなさとか力不足な部分とかも徐々に見えてきて、この「とんがった感覚」が、敵を生み出す以外に何も生みだしはしないのではないだろうかという事に気づき始めました。
そんな2015年9月20日、僕は、衝撃的なニュースを知ってしまいました。
これまでに、数えきれないほどのスポーツを、TVやら会場やらで見てきたけれど、どれも、これほどインパクトの強烈な試合はない。
この試合を観て思ったんですよね。
「あれ?野球ばっかでいいのか、オレ?」
と。
もうどうせ、プレイすることはない…というか、とんがった野球求道者というスタンスを取る事は、事実上不可能。それに、敵を増やし、各所と抗争を展開する価値がある事なのかと自問自答した結果、「その価値なし」と判断。
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